『一日江戸人』は、心の軽くなる 暮らしのバイブル。江戸の町の包容力に、「豊かさってなんだろう」と考えさせられる

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のっけから私事で恐縮ですが、
十九歳の夏から三年余り、
私はアルバイターでした。

(中略)

その時、つくづく、
多くを望まなけりゃ、
けっこう呑気に
暮らせるもんだなぁと実感し、
べつだん、
一生アルバイターでも
かまわないなぁと思いました。

その呑気さは、
江戸人ゆずりのものだったようです。

杉浦日向子『一日江戸人』新潮文庫(2005年) P.13

久しぶりに
杉浦日向子さんの
柔らかい筆致に触れたくなって、
『一日江戸人』を
引っ張り出してみました。

すると
こちらの冒頭部分で
杉浦さんに ぎゅ、と
抱きしめられた気分に。

作品を通して
杉浦さんの
「呑気への寛容さ」が
伝わって来ると同時に、
その日暮らしであった
江戸っ子の生活が
なんとも愛おしく描かれています。

とにかく
表現が
あたたかいんです。

自己啓発本でもなく、
経済学でも
宗教関連の内容でもなく。

数百年前の
江戸っ子の暮らしを通して、
ゆるく生きること
日々を面白がって生きることを
肯定してもらえる
そんな作品です。

笑い声の聞こえてきそうな、コミカルなイラストとともに当時の生活文化を紹介

本書は

  • 第一章 入門編
  • 第二章 初級編
  • 第三章 中級編
  • 第四章 上級編

と4つの章に分かれていて、
「生涯アルバイター」
「江戸の奇人変人」
「How to ナンパ」など
私たちの生活に即した
興味深いテーマから、
当時の生活文化を
筆者のイラスト付きで
紹介しています。

杉浦さんの
文章もさることながら、
手描きの
イラストや漫画のもつ
ほんわかした雰囲気が
とにかく良い。
 
今にも
長屋から笑い声が
聞こえてきそうなんです!

ちなみに
こちらの書籍が
最初に出版されたのは、
1998年の小学館。

20年以上が経ちますが、
私たちの関心ごとは
初版当時からも、そして
江戸時代からも変わらないことに
気付かされます。

江戸っ子だって、一緒じゃないか

近年
「好きなことで生きる」ことや
自立して
時間に縛られずに働くことなどが
支持され、
仕事に対する考え方が
大きく変わってきています。

でも それ以前に
「できることなら働きたくない」
と感じている人も多いはず。

これは 人間として
ごく自然な欲求なのでしょう。

長屋では、親子三人が
一ヶ月一両あれば
ひもじい思いをしないで
暮らせました。

(中略)

約十〜十五日間働けば
一月分の生活費が
まかなえることになります。

(中略)

独身者なら、
月に六、七日も
働けば良いのですが、
実際は長屋の中で
空きっ腹を抱えてゴロゴロしている
ナマケ者が多かったようです。

杉浦日向子『一日江戸人』新潮文庫(2005年) P.75

江戸っ子たちだって、
金銭が必要になるギリギリまで
働くことから
逃げていたのですから。

 

ご先祖様だって
同じじゃないか!

そう思えるだけで
今の自分を許してあげられるし、
江戸っ子に負けじと
何か面白いことを見つけてやろうと
闘志がメラメラ燃えてきます。

 

それに 本書では
当時の一般庶民は知り得なかった、
将軍のハードな毎日を
垣間見ることもできます。

心身の過労が死因と言われる
徳川家十四代目将軍・
家茂は、
21歳の若さで没しています。

当時の庶民が作り出した
将軍の生活へのイメージと、
朝から晩まで働きづめだった
実際の暮らしぶりとを
対比させることで、
時代を超え
本当の豊かさとはなにかを
考えさせてくれます。

まとめ:豊かな生活ってなんだろう。江戸っ子の生活が考えさせてくれる

大学時代、
江戸時代の文学を研究していました。

平安時代や
近代の文学とも悩んだのですが、
江戸時代に描かれた
人々の生き生きした様子、
人間くささに強く惹きつけられ
研究対象に決めました。

 

本書では、
江戸っ子を愛してやまない
(ということが
 ひしひしと伝わってくる)
杉浦さんが、
江戸の町の生活風景を
いろんな分野からご紹介。

自己啓発でも
経済学でも
宗教関連の内容でもなく、
ごく身近な文化を通した
民俗学や日本文学の視点から
自分の生活を
見つめ直すことができます。

この教訓じみていない、
フラットな感じが良いんです。

 

また、冒頭でもご紹介したように
現代社会だと
ダメダメに感じてしまう
自分の生活ぶりも、
杉浦さんにかかると
途端に
愛すべき江戸っ子気質に
思えてくるから不思議です。

本書を読み終えるころには、
日々の暮らしへの感じ方が
大きく変わっていることと思います。

 

 

豊かな生活ってなんだろう。
(でも、
 理屈っぽい内容はいやだな…)

と感じたら、ぜひ 本書を
お手にとってみてはいかがでしょうか。

「宵越しの銭は持たぬ」生活って
今の感覚で考えたら
すごいことやなぁ…。

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