面接だったらアウトな自己紹介します

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はじめまして!
似顔絵うつブロガー
こうのみさと です。

目立ちたがり屋の内弁慶です。

タチが悪い!

現在は こちらのブログ
似顔絵を中心としたイラスト
メインで活動しています。
文章を読むこと・書くことが好きで、
朗読にも興味があります。

中学生のころから
度々 うつの症状と付き合っており、
2〜3年に一度
大きな波がやってきています。

成人してから
発達障害の1つである
ADHD(注意欠如多動症)
不注意優勢型と診断されました。

略歴

1992年
大分県大分市生まれ
竹田市育ちです。

大学進学を機に
6年間 埼玉県で過ごし、
2017年3月に帰郷

埼玉県の公立中学校 国語教員
都内の電気工事会社 事務を経験するも、
それぞれ うつ状態に陥り、
やむなく退職。

大分県へ帰郷後は
地域おこし協力隊として
まちづくりに関するお仕事に
取り組んできました。

これまでの
創作活動については
こちらをご覧ください。

活動につなげていきたい特技

似顔絵をはじめとする イラスト
4コマ漫画

文章(2018年 エッセー入賞)

朗読(高校弁論 九州大会2年連続出場)

資格

・普通自動車第一種運転免許(AT限定)

・中学校教諭一種免許状(国語)
・高等学校教諭一種免許状(国語)
・高等学校教諭一種免許状(書道)

・訪問介護員2級養成研修課程修了
 (ホームヘルパー 2級)
・秘書技能検定試験 2級

・日本漢字能力検定 2級
・実用英語技能検定 準2級

2019年6月 現在の状況

大分県竹田市の
地域おこし協力隊
を、
うつ再発により
2018年12月よりお休み中です。

市内の実家に身を寄せ療養しつつ、
その様子をブログで発信しています。

最近
夜 眠れる&朝 起きられるように
なってきたことで、
気持ちの面でも安定してきました

徐々に
が描けるようになってきています。

学生時代までの来歴

人見知りで潔癖症、神経質だった幼少期

小さいころから
何かと敏感な子どもだったようです。

泥の感覚が気持ち悪くて
大人気の
お砂場遊びができなかったり、
スケッチブックに絵を描けば
ちょっとの失敗が許せず
すぐに紙を破りとって叱られたり。

極度の人見知りでもありました。

家の中でも
よく癇癪を起こして泣き叫び
母を困らせる毎日。

妹が大人しかったので、
余計に大変に感じたと思います。

母は現在も
私の受け流し方というか
扱いが とにかく上手いです。

幼稚園児になると
一度でも靴を履いたら
屋内に入る際に
石鹸で手を洗わないと気が済まない
潔癖症になり、
冬になると
手はガサガサで紫色に。

一方、手先を動かすことが好き
毛糸でマフラーの作り方を考案したら
それが園で流行ったり、
絵を描いて褒められたりするのが嬉しくて
とにかくずっと屋内にいました

のびのび漫画を描いて成長した小学校時代

小学生になると、
お絵描き好きに拍車がかかります。

4年生のとき、
担任の先生
掲示場所に 私と相方の
漫画コーナーを作ってくれた
ことで
一気に 舞い上がりました。

クラスメイトから

つづき、まだ!?

と言われることが嬉しくて、
毎休み時間
締め切りに追われる漫画家のように
ずっと漫画を描いて過ごします

しかし そんな
大好きだった担任の先生
授業中 漫画を描いているところを
発見
されてしまい

もう漫画なんて描くな!

と強めに注意を受けます。

これは完全に
私が悪い。

この出来事のショックから
授業以外は
絵を描くことができなくなり

小学6年生の途中まで
まったく絵を描きませんでした。

この当時の2年間のブランクは
想像以上に大きく、
目を見張るほど上達した
クラスメイトのイラストを横目に
絵に関する自信は
完全に失ってしまいました

このころから、
家にいても
落ち着けなくなっていきます

3年間 不登校だった中学時代

学校にも家庭にも居場所が無くなる

優等生な自分じゃないと
頑張る意味が見出せない私

・勉強
・部活
・友達関係
・先生との信頼関係

全部上手くいかない
=自分の存在価値がない

と感じるようになっていき、
だんだんと
朝起きられなくなっていきます

やっとの思いで登校するものの
遅刻ギリギリで
朝の係の仕事をやっておらず叱られ
また行くのがつらくなる、
という負のループ。

次第に
家にも学校にも居場所が無くなり
ある日の朝

お腹が痛い…

閉じこもった
トイレの床で眠り続けました

鍵のかかる空間、
誰にも邪魔されない空間に
心底ほっとしたのを覚えています。
中学1年生の7月
1学期末テストが
終わった直後のことでした。

そこからは
学校へ行かせたい親や教師と
それを拒否する私、
という対立構造に。

「学校へ通わなくちゃ!!」
という強迫観念に駆られ
夜のうちに準備を済ませて
何度も学校へ行こうとしてみるものの、
目が覚めてみると夕方の4時

心身が登校を拒否して
過眠状態に陥っていました。

あの
夕日で真っ赤な部屋の光景が
忘れられません。

黒板にエジプトの壁画

2年生のある日 登校したら
英語の授業に参加することに。

ローマ字は得意だったし
アルファベットは
何とか認識できるから、
と席に着き
黒板を見上げて 思わず
口をぽかんと開けて
固まってしまいました。

そこにはチョークで
エジプトの壁画が書いてあったからです。

今思えば
英語で会話文でも
書いてあったのでしょうが、
当時は 何かの模様に見えて
解読することは
まったくできませんでした

当時受けた英語のテストは
100点満点13点
ほぼリスニング問題で稼ぎました。

想像力は豊かなんです。

適応指導教室のおかげで 定期的に外出できるように

2年生の12月から
市の適応指導教室へ通い始めたことで、
同世代の不登校の子たち
交流するようになります。

ここでは
友だちにも、先生方にも恵まれました

今でも
一緒にごはんへ行く仲です。

次第に 関心が外に向かうようになり、
「高校へ進学したい」
という気持ちが芽生えます。

当初は
イラストへの夢が捨てきれず
美術系の高校を希望するものの、
・中学校の出席日数が足りない
・高い倍率を通るために
 人一倍デッサン練習が必要
・高校に入ったら毎朝早起きが必要

などが大きな壁となって断念

適応指導教室で出会った友だちが
進学する
ということもあり、
反対する親を何とか説き伏せて
不登校の受け入れをしている
私立の高校

進学させてもらいました。

この選択が転機となりました。

部活で自信を復活させた高校時代

高校生活は、とにかく濃かった。
これに尽きます。

不登校だった
元ヤンキー

元ひきこもりのみによる、
何とも不思議なクラスで
3年間を過ごしました。

最前列で
授業を受けているのに
教室の後方で
野球が始まってしまい、
内容が まったく
聞き取れないこともありました。

いい思い出です。

部活中心の3年間を送り、
・新聞部 部長として全国大会出場
・高校生弁論 九州大会2年連続出場
・高校を首席で卒業
・英検 準2級を取得
(壁画からの卒業!!)

・初めての彼氏ができた!
という
中学時代からは考えられないほど
充実した学生生活

送ることができたんです。

これらを実現できた
最大の理由は、
真摯に接してくださった
先生方の存在があったから。

ここで私は

教師によって
こんなにも

救われる生徒がいるのか…!!

ということを
痛感すると同時に、
恩師からの勧めを真に受け
教員を目指すようになります

ここでも
反対する親を何とか説き伏せ、
関東の大学へ進学します。

教員になるべく勉強しまくった大学時代

忘れもしない
体育の授業が座学だった日。

できたばかりの友人に

古典を勉強したいので
高校時代の教材で
わかりやすいものを教えて!

とお願いし、
おすすめの教材
持ってきてくれたときのことでした。

テキストの最初のページを開いて、
私は固まってしまいます。
読めない。

当時の私は 国語教員を目指す
日本文学科の学生でありながら、
中学生で習う
歴史的仮名遣いでさえ
理解できていない状態でした。

そんな私の姿を見て、彼女は一言。

こんなのも
わかんないの〜っ!!?

爆笑されました。
よりによって 他学科を含め
100人以上がひしめき合う
大講義室の中心で。

笑い声が反響し、
ざっ!
教室中の視線が私に集中しました。

この後 トイレの個室で
号泣
し終えた私は、
絶対に
見返してやることを決意します。

結果的に、
卒業するころには
彼女と同じ教授のもとで
ゼミ長を務めるほどに
成長することができました。

あのときの彼女には
とても感謝しています。

また、このころ
公立中学校の相談室
教室へ入れない子に勉強を教える
ボランティア活動
に参加します。

最初は なかなか
心を開かなかった子たちも、
何度も足を運ぶうちに
笑顔を見せてくれるように。

当時関わっていた子たちは
成人し、母親となった現在も
顔を見せに来てくれます

めっちゃ
いい子たちなんです…!!

この経験が
「教員になって
 生きづらさを抱えている子たちと
 関わりたい!!」

さらに気持ちを奮い立たせました

たくさんの友人や先生方に支えられ
猛勉強できた結果、
埼玉県福岡県
教員採用試験に現役合格

大学卒業と同時に
教員としての道を歩み始めます。

2019年6月 現在の野望

今の野望は

  1. うつ症状を寛解の状態まで回復させ、また働けるようになる。
  2. 毎日ブログを続ける。

の2点です。

2.の当ブログに関しては、
いずれ きちんと
収益化できたらいいな
、という
目論見もあります。

うっしっし。

ですが、現在は
とりあえず続けることが目的

使命感は特になく、あくまで
「自分の好きなことを習慣として続け、
 回復につなげたい」

という思いで取り組んでいます。

目立ちたがり屋なもんで、
回復してきたら
「もっと
 読まれる記事が書きたい!」

とか 言っちゃいそうですが。

アウトプットを続けることは、
自分を客観視できることで
考え方や行動に変容が訪れるなど
精神の平穏を保つ上で
とても良い
ようです。

実際、最近は
大きく調子を崩すことが
少なくなってきました。

できることからコツコツと。
これからも
よろしくお願いします。

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