ひきこもりのヤンキーだった10代。不登校によって染み付いた自己不全感は、父親になっても消えなかった【インタビュー】

スポンサーリンク

こんにちは!
似顔絵うつブロガーみさとです。

最近 何かと
「不登校」というワードが
耳に入って来ます。

不登校になると
大人になって後悔する

不登校になった方が
自由な教育を選択できる

など、この問題には
以前より様々な
意見が交わされてきましたが、

「少年革命家ゆたぼんチャンネル」
YouTuber・
ゆたぼん
さんが注目されたことで
急激に 世間の注目が集まりました。

でも 元当事者である私は
大人たちが
やいやい野次を飛ばしたり
やりあったりする様子を
かなり白い目で見ています。

学校に通っていない事実ばかりが
注目されがちですが、
不登校は そんなに
単純な問題ではないから
です。

そこで今回、高校の同級生で
同じく不登校の経験を持つ
菊池ヒロシくん(仮名)に話を聞くと、

成人し 父親となった現在も
不登校だったことに負い目を感じ続け
苦しんでいる
ことを教えてくれました。

菊池ヒロシくん プロフィール

菊池ヒロシ(仮名)
みさと高校の同級生
既婚で3児の父

担任教師からのいじめ
複雑な家庭環境がきっかけとなり、
小学5年生から中学3年生にかけて
不登校となる。

少年時代は
精神科に通院していたが、
調理の専門学校へ通いはじめたころから
10年近く受診していない

アルコール依存の
治療
を受けた経験あり。

専門学校卒業後は
調理師として働いてきた。

話が上手で
会話のテンポがいいので、
高校時代は
いつも笑わされていました。

生きづらさは、父親になった今でも 毎日感じている

ヒロシくんとは
久しぶりに連絡をとっているうちに
現在抱える生きづらさの話になって、
不登校の問題について
取材を申し込んだ
んだよね。

うん。

最近 ヒロシくんが
生きづらさを感じるのって
どんなとき?

これはもう毎日。
 
不登校であった事実があるだけで
何かの負い目を感じるし、
それを隠すのに必死って感じだね。
 
負い目っていうか
劣等感の方がニュアンス近いかも 。

その負い目劣等感
日常生活に
支障をきたすことってある?

あるよ。
 
仕事中
「料理人としての自分は
 誰にも負けられないんだ!」って
常に過集中状態になってて、
仕事が終わると同時に倒れたり
上司に叱られないようにしようと
必死になりすぎたり

「がむしゃらにやらないと
 人に追いつけないんじゃないか?」

って脅迫観念に襲われるの、
めっちゃわかる。

休憩中とかに
学生時代の思い出話になっても
話せる量が少な過ぎて、
専門学校での話しかできないし。
 
激務で
病院に行く時間が取れないことを
言い訳にして、
お酒に逃げるようになったなー…。

余裕がなくなってくると
病院を後回しにしちゃう
の、
すごく 共感する。
 
私も今回 調子を崩すまで、
自分のことで手一杯で
病院探せてすらいなかったから。
 
そんなとき
依存できるものが目の前にあったら
私も依存したくなっちゃうかも
なぁ。

自己不全感は、大人になっても拭えない

大学4年間は 私も
「ここで教員になれなかったら
 人並みになれない!」
って本気で思っていた
よ。
 
いくら周囲から
「あなたは素晴らしい」
って言われても
納得できない
んだよね。
 
教員採用試験の
高い倍率を合格できた、っていう
成績なり数値を確認することで
ようやく安心できる
というか。
 
だから変な話、
教員になること自体が目標
辞めるときは
(子どものことは大好きだったから
 罪悪感や寂しさはすごかったけど)

未練は全然なかった

自分の存在価値とか意義が
仕事でしか表せない
んだよね。
 
それに僕は
母子家庭で育ったから、
自分に子どもができても
父親として
何をしてあげるべきなのかわからない

家庭での存在意義が
わからなかった
んだ。

だから
もっと仕事にのめり込んでいったよ。
当時 からは
「ゾンビみたいだ」って言われてた。

でもこの感情って
当事者は思い出すのつらいけど、
文字にしないと
周囲には なかなか

伝わりにくいんだよね。

自己不全感とでもいうのかな。

自分を信じる、とか
自己肯定感を持つのって
大人になればできると思ってた
よ。

まったくできないね、
そんなの。笑
 
思ってた大人と
現実が違いすぎて不安になる
よ。
 
でも 一方で
想像してた人生よりはマシで
ほっとしてる部分もある。

どんな
やばい人生想像してたのさ。

自分への評価基準が抜け落ちている

自分を認めてあげられる力
自己肯定感って
大事
だね…。

すっごく大事だと思うよ。
 
他者から認められることに
執着してしまうと、
日常生活でさえ とても疲れる
もの。

そうだよね。
自分への評価基準がないから
めっちゃ疲れる
よ。
 
でもこれを理解してくれる大人、
ほとんど いないんだよなあ…。

そりゃ
10代前半で挫折経験した人なんて
あんまり いない
もんね。

かといって
そういう人たちで集まれば
「傷の舐め合いだ」って言われる
難しいところだよね。

他人からの評価に執着してしまい、不全感が残る

ある程度 人生経験を積んだ
大人がうつになるのと
子どものときにうつになって
自己否定しまくるの
とでは
感じ方が違う気がするんだ。
 
10代のときに
成功体験を積み重ねることの重要性

かなり痛感しましたわ。

10代のうつ社会人のうつは、
そもそも
スタート位置が違うもんね。
 
僕たちは もしかしたら
社会人っていうカテゴリにすら
入れなかったかもしれない

 
自己肯定のために必要な
成功体験が
かなり少ない
ことで、
・劣等感が強かったり
・踏み出す勇気が弱かったり

するよね。

うんうん。
スタートが違うよね。
 
不登校を経験した後に
大きな失敗をしたとしても、
それは 良くも悪くも
初めての挫折ではない
 
そもそも
「自分はできない」
根幹部分にどっしり据えられていて、
何か失敗する度に
社会へ溶け込むためにもがいて
塗り重ねてきたメッキが剥がれて、
汚い基礎の部分が
露呈してしまう
感じなんだよね。

うんうん。

自分で言うと嫌な感じだけど、
私は
優等生じゃ無くなった途端に
学校へ行けなくなってた

 
メッキが剥がれ始めると
すぐさま ダメな自分に
ひゅーん、て
逆戻りしちゃうんだよね…。

社会人になってからも、
会社でうつ再発してしまうと
きちんとした形で
復職できたことないんだ。
 
出社できなくなったら、
その時点で
緊張の糸と頑張る意味が
ぷつん、て切れてしまう

 
それはつまり
自分の中の頑張る意味
他人からの評価に
依存しているから
なんだよね。
 
でも結局 他人は
期待しているほど、私に興味無い

あー、それ
たぶん僕も同じだ。
 
職場では
「調理師として
 これだけのことができます!」

って
自分の技術を誇示するんだけど、
そこに対応しきれない問題が出たら
すぐに折れちゃう
もん。
 
上司の顔色を伺って
なんとか
自分を支えてるだけの状態
だから、
表面のメッキを削られると
もうダメなんだよね。

わかる。
 
なんだろね。
頭じゃ
「こんなことでは救われない」
ってわかってる
のに。

諦めきれないんだろうね。
 
この自己不全感
結婚しても拭えなかったから
もうこれは たぶん
一生付き合っていく問題なんだろうね。

それは大きいね。

「大人になったら…」
「彼氏ができたら…」
「結婚したら…」
「子どもができれば…」と
きっかけを定めて
幸せになろうとする
けど、
どうしたって
不全感が残るんだよなぁ…。

だから
打つ手がなくて困ってるんだよね。笑

好きだった料理と、よりを戻したい

ここまで まとめるけど、
不登校だったという
少年時代の事実が、
大人になってからも
・仕事
・家庭
と ヒロシくんに不全感を与えて
それに今も悩まされてる
んだよね。

その上で
自己不全感や自信のなさとは
どう付き合ってるの?

付き合いきれてないね。
まだ
付き合い方を探ってる感じ
 
だから
一時はお酒に逃げちゃって
アルコール依存の治療もした
 
今は
調理師っていう業種自体を
離れようとしてみてる

 
好きだったものが
仕事になると
こんなに苦しいんだ、って痛感して。
 
一旦 昔みたいに
趣味に戻してあげる感覚で
料理と向き合いたい
んだ。
元カノと よりを戻す感覚で。

「元カノと よりを戻す」!
さすが 言葉の魔術師。
言い得て妙ですな。
 
料理を趣味に戻す、ということに
つながるかもしれないんだけど、
大人になってから救われたものとか
拠り所にしているものはある?

やっぱり
これまで練習してきた
レシピ
かなぁ。
 
いつかまた
昔の状態に戻れたときに、
同じ世代の調理師たちとも
まだまだ戦えるんだ
って思えて
それを励みにしてる。
 
あとは
たまーに包丁握ったり
何かを作ったりするときの技術かな。
「あー、まだ忘れてないな」とか
「まだ できるな」って実感できると
多少 自己肯定できる

形のあるものを完成させられると、
自己肯定感が上がるよね。
 
過去にできたことを確かめるのは、
自分であることの
確認作業でもある
のかも。

不登校当時の自分にはネット環境を与え、悪い仲間との距離を置かせたい。

もし目の前に
不登校だったころの自分がいたら
何を与えたい?

んー
あの当時より もっと早く
ネット環境は与えてあげたいかな。

僕たちが中学生くらいのときって
ネトゲ全盛期だったじゃない?
 
あのころ
オンラインゲームで交流が増えて
Skypeでやり取りするようになって、
同年代から
上は40オーバーの人たちまで
いろんな年代の人と関われたんだよね。

僕のバックグラウンドを気にせず
話してくれた
のは、
引きこもりの僕が
コミニュケーション能力を育てる
唯一の手段だった
んじゃないか、
って思うしね。
 
いろんな立場の人から話が聞けたのは
大きかったと思うな。やっぱり。

うんうん。

言い方は悪いんだけど、
オンライン上の関係って
当時はそこまで
親密なものではなかった
と思うんだよね。

合わない人とは 関係を
すっぱり切ることができた
んだ。
 
でも逆に
今も やり取りする仲の人もいてね。
お互いの地域の特産品を
贈り合う間柄
なんだよ。

すごい。
普通に学校通えていても
そんなに親密な間柄には
なかなか
なれないんじゃない?
 
逆に、
不登校当時の自分に
これだけは与えたくない!
ってものはある?

やっぱり
悪い仲間たちには
会わせたくないかなぁ…。


後悔というよりも
恥ずかしさの意味で。
 
グレてない
ただのうつ病不登校だったら
もうちょい親も楽だったろうなー

とは思うね。

メンヘラ不登校ヤンキーとか
もう情報が多過ぎて
ごちゃごちゃすると思うもん。笑

子どもの問題行動には
・反社会的なもの
・非社会的なもの

の2種類あるって習ったけど、
両方 抱えてたわけだもんね。

ちなみに
悪い仲間に引き込まれていったのには
どんな理由があったの?

理由は2つあって、
①複雑な家庭環境で育った
②弱者に成り下がりたくなかった
から
かな。
 

家庭環境の要因が一番大きい
んだけど、
 
に関しては
当時 不登校とかうつ病って
世間でいうところの弱者だと思ってて、
「弱者に成り下りたくない!」
って思って

もがいていたんだよね。

ひきこもる前から もともと
喧嘩っ早いところはあったんだけど、
それも今思うと
母子家庭特有の
弱者扱いが嫌だった
のかなって。
 
「片親がグレやすいのは
 愛情が足りていないから」なんて
よく聞くけど、僕の場合に関しては
あんまり関係ない気がする。

そうなんだ。

そもそも 世間一般から
弱者扱いをされていると
感じていただけで
本当は弱者ではないんだけど、
自分でも自分のことを
弱者だと思っていた
んだと思う。

そういうときの弱者な自分って
かわいそうな自分、じゃないんだよね。
 
人より劣っている自分、なんだよね。

そうそう。
   
だから尚更
ぐるぐる考えてる時期に
そっちの(グレる)道に
引っ張られたんじゃないかな。
 
暴れればいいとか
好き勝手すればいいとかは
あくまで本能的な欲求だしね。
 
ただそれは
自分が求めてる
本当のこととは違う
から、
そこのギャップで
また追い詰められたね。

不登校の子たちの可能性を、大人の手で さらに狭めないでほしい

最後に、元当事者である
ヒロシくん
今後 不登校問題に関して
願うことってある?

わがままかもしれないんだけど、
とりあえず 周囲の人は
不登校という存在を
まず認めてあげてほしい
かな。

学校に行くことだけが
正義ではないから。
 
ただ、
勉強と対人関係に関しては
どんな形でもいいから
ちゃんと その子が将来
できるようにしてあげてほしい
ね。

大事だね。
認められたかったもん。

うん。僕も。
 
学校に行けないことで
すでに その子には
すごく劣等感がある

 
それを周りが認めてあげられないと
ひきこもることに繋がって
その子自身 将来が
どんどん不安になっていく
から。
 
個人的には 学校へは
行かなくてもいい
んだけど、
将来 その子が
自分の外に対して
何か働きかけができる
存在になれるよう、
周りの大人は
支援してあげてほしい

 
ただでさえ
狭い視野しか持てなくなっている
不登校の子たちの可能性を、
大人の手で
さらに狭めないでほしい
かな。

まとめ

ヒロシくんは、成人し
父親となった現在も
不登校だったことに負い目を感じ続け
苦しんでいました。

今回の内容は
質問の答え以外の話を
大きく削ったり
「これはこういう問題だ」
と まとめて
記事にすることもできましたが、
悩んだ末 ヒロシくんとの問答を
時系列で
そのままご紹介することにしました。

「不登校だから不幸なんだ」という
短絡的な見方をするのではなく、
・周囲の大人から
 十分な支援が受けられなかった当時の背景
・小学5年生による教育現場への失望
・ネットゲームのコミュニティが
 不登校を救ってくれたこと

といった、
複雑に絡み合った課題や
重要な対応のヒントを拾い集めて
大人として
今後の支援に活かしていきたい。

支援というと仰々しいですが、
いつ身近に
不登校の子が現れても
おかしくはありません。

ネット上で
不登校であることを叩く前に、
自分に
どんな支援ができるのかを
具体的に考えることの方が
遥かに有意義だと感じます。

生きづらさを抱えた子どもだった大人が
輝いて生きている姿
を見せることも、
不登校の子の希望になる。

それに、前提として
誰だって
楽しく生きていい
はずなんです。


当時の つらい話も
たくさん聞かせてくれました。
ヒロシくん、
本当に ありがとう

スポンサーリンク

ひきこもりのヤンキーだった10代。不登校によって染み付いた自己不全感は、父親になっても消えなかった【インタビュー】” に対して1件のコメントがあります。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です